トップ
政策
ニュース
市議団
予定
リンク

大川平三郎翁邸

跡地整備の早期促進を

あらい議員の市政一般質問

05/01/27

あらい文雄議員 

 昨年12月9日(木)の坂戸市議会市政一般質問で、以下の質問を行ないました。

進展しない火葬場建設、補助金の増額を

 斎場建設は、2000年(平成12年)3月に広域静苑組合加入が示されてから、すでに五年目になるが進捗状況は。

 また、この間、静苑組合(越生)の利用料が3万円値上げされ8万円になった。坂戸市の斎場が出来るまでの間、市民負担軽減のため越生斎場の使用料補助金の増額をすべきと質しました。

 市は、静苑組合(越生)加入に向け努力を行ってきたが、具体的な進展がないのが現状。引き続き加入に向け要請をしていく。火葬料の補助制度は、低廉で施設利用できるよう、一律の定額補助として実施している。越生斎場に限定した補助の増額は他施設とのバランスから難しいと答弁しました。

大川平三郎翁邸跡地整備の早期促進を

 大川平三郎翁誕生の土地(坂戸市横沼)が2002年(平成14年6月)、関係者(子孫)から坂戸市に寄付をされてから、2年半が経過しました。市民をはじめ各方面の方から、早期の跡地整備を期待する声が大きくなっていますが、跡地整備の進捗状況と今後の取り組みは。また、長期的視野にたった「跡地整備を検討する委員会」等を設置し、市民参加で、幅広く研究・検討することについて質問しました。

 市は、跡地はお孫さんなど五氏から、「市民のために活用していただきたい」と寄付をされた。その後、竹林の撤去及び整地工事をおこない、その後「大川道場跡」等の案内板を設置。跡地の活用は庁内各課の打合せ会を開催、研究している。今後は、地域の皆さんの意見を聞き、有効活用できるよう方策を研究していきたいと答弁しました。


大川平三郎翁邸、跡地整備の早期促進を(詳報)

【1回目・質問】

総務行政、市内横沼にある、大川平三郎邸跡地整備について

 大川平三郎は万延元年(1860年)、川越藩三芳野村(現在の坂戸市横沼)で剣道場を構えていた大川修三の次男として生まれました。貧しい暮らしの家計を助けるために、13歳で東京に出て、叔父、渋沢栄一の書生となり、学校に通い勉学に励みました。

 また、16歳の時には、大川家の厳しい家計状況をみて、職業を持ち、父母の苦しみを減らしたいと考え、自分から進んで、渋沢栄一が経営している会社に入社。月給はすべて母親に渡し、わずかな小遣いをもらっていたといいます。

 大川平三郎は、大変な努力家で、よく働き、外人技師の技術をたちまちのうちに習得し、機械の運転については誰よりも精通しました。

 18歳の時には、すでに一人前の技術者になり、工場になくてはならない人物になっていました。

 アメリカへの留学やヨーロッパでの科学パイプの開発状況の調査にも出かけ、知識を身につけ、その後、多くの企業を設立し、運営しました。

 また、大川平三郎の郷里、三芳野村は土地が低く河川の氾濫による水害にたびたび見舞われました。大川平三郎は、資金を提供して越辺川の堤防を村人と力を合わせ作り、水害の防止に力を尽くしました。三芳野小学校の建設にも多くの資金を提供しました。

 埼玉県出身の学生に学費を援助するため大川育成会を設立し、地元の人材育成にも力を注ぎました。わが国の製紙業の発展に寄与し、日本の製紙王ともいわれました。

 そうした大川平三郎誕生の土地(坂戸市横沼)が、一昨年の2002年(平成14年)6月に関係者から坂戸市に寄付をされてから、早、2年半が経過をしようとしています。

 この間、寄付された地元の横沼では、その年の9月に大川平三郎翁邸跡地横沼区保存会を横沼区として発足させ、「今後、市行政と連携し保存活動の推進に努める」とし、跡地整備事業のバックアップ体制を整えてきました。

 保存会としては、昨年に続き今年の11月21日の日曜日には、横沼の大川道場跡地において、第2回の大川平三郎翁を語る会を開催、寄付をされた方々をはじめ、多くの方(坂戸市長・埼玉県知事代理・市議会議長も)が参加されました。地元出身の守屋弘氏による講演では、「三芳野地域と大川平三郎翁」と題して故人の活躍と功績、人柄が語られました。

 地元の住民をはじめ各界の多くの方から跡地整備の早期進展を期待する声が大きくなっていますが、大川平三郎翁跡地利用計画の進捗と今後の取り組みについて市の考え方を伺います。

【1回目・市の答弁要旨(部長)】

 大川道場の跡地は、大川平三郎のお孫さんなどにあたる方々から、歴史的価値のある土地を残し、「市民のために活用していただきたい」と平成12年6月に寄付され、登記をした。平成15年に竹林の撤去および整地工事を完了、大川道場の由来を伝える「大川道場跡」と、大川平三郎翁の生家跡である「大川平三郎」翁の案内板を設置しました。

 現在、地元の方々が自主的に草刈りをしているほか、市においても定期的に草刈りを実施し、維持管理をしております。

【2回目・再質問】

今年度の事業は示されていない
「大川平三郎邸跡地整備を検討する委員会等の設置」を
広く市民に広めるためのPR

 答弁をいただきましたので、再質問をさせていただきます。

 大川平三郎邸跡地整備と今後の取り組みについてですが、2002年(平成14年)6月に関係者から寄付をされ、平成14年度の補正予算で、2003年(平成15年)の3月に竹林の撤去と整地工事。15年度は昨年の2003年(平成15年)10月に「大川道場跡」「大川平三郎」の案内板の設置。その後、草刈りなど定期的管理をしていると答弁されました。

 しかし、先ほどの答弁では、一昨年の6月に寄付を受けてから、2年半が経過していますが、平成16年度の今年の事業は何も示されませんでした。

 大川平三郎翁関係者から「市民のために活用していただきたい」と提供された大川道場跡地です。保存会発足式や大川平三郎を語る会にも関係者の方が必ず参加されていますが、ほとんどの方が高齢になられています。一日も早く跡地の利用計画を作り、関係者の方々にも示していくべきではないでしょうか。

 今後の跡地利用について、記念公園や記念館等のハード的な施設の計画や、広くPRをしていくこと含め、各方面から検討していくことが必要と考えます。

 単年度で大きな事業を行うことは難しいわけですので、今後、長期的な視野にたった「大川平三郎邸跡地整備を検討する委員会等の設置」をして、多くの市民に参加していただき、幅広く研究・検討を行うことについて。また、広く市民に広めるためのPRについて、2点について再質問をいたします。

【2回目・答弁の要旨(部長)】

 跡地の活用については、現在、庁内の関係各課による打合せ会を開催し、大川平三郎翁に関する連絡調整と併せ、跡地活用の方向性について研究しております。

 大川平三郎翁の偉業については、ゆかりの地を掲載した大川平三郎マップの作成や中央図書館に常設展示コーナーを設置するなど、広く市民にPRしています。また、平成15年2月から8月まで大川平三郎翁の特別展を開催し、その一環として、平成15年3月23日に勝呂公民館におきまして記念講演会を開催したところ、大変多くの方々に参加をいただきました。

 市のホームページに大川平三郎翁の功績について掲載するなど、積極的なPR活動の方策についても、現在、研究しております。まずは、より多くの市民の皆様に大川平三郎翁について知っていただくのはもちろんのこと、県内、さらには全国の人々に偉業を知っていただき、その功績を後世に残す必要があると考えております。

 今後におきましては、地域の皆様の意見を聞きながら、跡地利用について、市民のために有効活用できるような方策を研究してまいりたいと思います。

【3回目・質問(要望)】

跡地整備を検討する委員会の設置とフェンスの設置を強く要望

 再質問の答弁がされましたので要望をさせていただきます。

 大川平三郎邸跡地整備の件ですが、庁内の関係各課による打合せ会で研究をしている。との答弁でしたが、市民にとっては、取り組みの内容がよくわからない。もっとオープンにして、積極的に取り組んでいただきたい。

 大川平三郎翁は、埼玉県としても、彩の国の偉人として、紹介されています。インターネットで大川平三郎翁を検索すると1千件以上もの記載がされています。

 また、現地の跡地を見てもらうと良くわかるが、どこまでが大川道場の跡地かわからない。早急に周辺にフェンス等を設置するべきと思います。

 跡地整備を検討する委員会の設置や周辺にフェンスの設置を早急に行なうよう強く要望いたします。

大川平三郎関係の資料
2002年6月17日 大川道場跡地 坂戸市に(土地4,461.99u)寄付される
2002年9月14日 大川平三郎翁跡地 横沼区保存会発会式
2003年3月 大川道場跡地の竹林撤去・整地工事(2002.12補正予算)
2003年3月23日 勝呂公民館で記念講演会 四宮俊之(弘前大学教授)
2003年11月9日 第1回大川平三郎翁を語る会
2004年11月21日 第2回大川平三郎翁を語る会

前に戻る

トップ
政策
ニュース
市議団
予定
リンク